激しい運動が誘発する脳疲労の仕組みを解明~低酸素血の関与を実証、対処法開発に期待~ - 新潟医療福祉大学 研究力

新潟医療福祉大学 研究力

2022.06.28

研究者 越智 元太

激しい運動が誘発する脳疲労の仕組みを解明~低酸素血の関与を実証、対処法開発に期待~

ー研究代表者ー
筑波大学体育系/ヒューマン・ハイ・パフォーマンス先端研究センター(ARIHHP) 征矢 英昭 教授
新潟医療福祉大学 健康科学部 健康スポーツ学科 越智 元太 講師 

登山やトレイルランなど高所での身体活動やスポーツが人気を博すようになりました。しかし、高所になればなるほど、運動が激しくなればなるほど疲労を感じやすくなり、転倒や滑落の危険も高まります。これには、注意や判断など脳の実行機能の低下(認知疲労)が関与していることが想定されます。実際、本研究チームは、高所を模した低酸素濃度の空気を吸入しながら運動(以下、低酸素下運動)すると、脳の前頭前野背外側部 (DLPFC)の活動が低下し、認知疲労が生じることを明らかにしてきました。その際には、血中の酸素飽和度 (SpO2)が大きく低下することも確認しています。
本研究チームは今回、更に研究を進め、運動時に生じるSpO2の低下が認知疲労の一因かどうかを検証しました。具体的には、14人の被験者を対象に、10分間の中強度ペダリング運動を行い、その前後に被験者の実行機能を調べる課題を行いました。被験者を中程度の低酸素状態(標高3500m相当)に置き続けた場合と、運動中に限って供給する酸素濃度を上げ、SpO2の低下を防いだ場合を比較しました。その結果、運動中のSpO2低下を防ぐと、運動後の左脳DLPFCの活動低下と実行機能低下のいずれも防止できることが分かりました。これにより、低酸素下運動で生じる認知疲労の発現には、SpO2の低下 (低酸素血)が関与していることが、初めて実証されました。
脳の認知疲労は、高所での活動に加え、マラソンや球技など長時間にわたる競技の後半で選手のパフォーマンスが低下する現象にも関わっている可能性があります。
本研究成果は、SpO2モニタリングによる高所環境での認知疲労発現予測や、SpO2低下を抑制する酸素吸入サポート・事前トレーニング法(低酸素環境への順化トレーニングなど)など、認知疲労の対処法開発につながることが期待されます。

研究の背景

有酸素運動は脳 (前頭前野背外側部注1): DLPFC) を刺激し、実行機能注2) (注意集中、選択判断、抑制) を高めることが知られています。しかし、高所など低酸素環境で行う運動 (低酸素下運動) や強度の高い激しい運動はその逆に、実行機能に悪影響を与える可能性があります。本研究グループはこれまで、高所環境を模倣した低酸素ガス (吸入する酸素濃度を低下させた空気) を用い、低酸素環境が実行機能に与える影響を調べてきました。その結果、13.5%酸素濃度(標高3,500m相当)の低酸素ガス吸入のみでは実行機能低下は起こらず、11%酸素濃度 (標高5,000m相当) の低酸素ガス吸入で初めて実行機能が低下することを確認しました(2)。一方、実行機能低下が起こらなかった13.5%酸素濃度の低酸素環境であっても、10分間中強度運動注3)を付加することで、左脳DLPFCの活動低下と実行機能低下、すなわち認知疲労を引き起こすことを見出しました(1)。低酸素下の運動では経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)注4)が安静時より下回ることから、認知疲労の一因として運動中のSpO2低下とそれに伴う脳への酸素供給低下が想定されました。しかし、実際にそれを検証した報告はみられませんでした。
今回の研究では、認知疲労対処法開発に向け、低酸素下運動による認知疲労の生理機構を解明することを目的とし、運動時に生じるSpO2低下の関与を検証しました。

研究内容と成果

本研究の被験者は若齢健常成人14人(18~24歳)で、課題・運動中ともに中程度低酸素ガス (13.5%酸素濃度) を吸入する中程度低酸素条件と、課題中は中程度低酸素ガス(13.5%酸素濃度)、運動中は軽度低酸素ガス(16.5%酸素濃度; 標高2,000m相当) を吸入する軽度低酸素条件の二つの実験条件に参加しました (図1)。
両条件とも参加者は10分間の中強度ペダリング運動を行い、その前後に実行機能課題であるストループ課題注5)を行いました。課題中の脳活動を機能的近赤外分光法 (functional near-infrared spectroscopy: fNIRS)注6)を用いて測定し、低酸素下運動によって低下することが確認されている左DLPFCの活動(1)を評価しました。
その結果、軽度低酸素条件では中程度低酸素条件に比べ、ストループ課題の成績低下が抑制され (図2A)、その神経基盤として左DLPFCの活動低下改善が確認されました (図2B)。ストループ課題中の吸入酸素濃度およびSpO2は両条件で統一され、呼気ガスや心拍数にも差がみられなかったことから、低酸素下運動に誘発される認知疲労は、運動中に生じるSpO2低下 (低酸素血) に起因して生じる可能性が示唆されました。

今後の展開

本研究により、低酸素下運動による認知疲労の生理機構として、低酸素運動に誘発される低酸素血の関与が明らかとなりました。この成果は、SpO2モニタリングによる登山時の認知疲労発現予測や、SpO2低下を抑制するような酸素吸入サポート・事前トレーニング法(例えば、低酸素環境への間欠的順化トレーニング(3))など、認知疲労の対処法開発につながることが期待されます。

参考図

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<図1 実験方法>
実行機能低下が起こる実験モデル(1)を応用しました。実行機能低下を起こす中程度低酸素条件 (赤) と、運動中のみ、吸入酸素濃度を調整する軽度低酸素条件 (青) を設け、10分間の中強度運動の前後に実行機能課題であるストループ課題を実施しました。課題中の脳活動をfNIRSによって測定しました。軽度低酸素条件では、運動中のSpO2が安静時レベルを下回らぬように濃度調整し、その酸素濃度は16.5±1.8%でした。両条件とも運動以外の時間は同じ中程度低酸素ガスを吸入し続けました。

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<図2 ストループ課題成績と左前頭前野背外側部 (DLPFC) の活動>
軽度低酸素条件では中程度低酸素条件で生じる運動後にストループ課題の反応時間の遅延 (図2A)、左DLPFCのストループ課題に対する酸素化ヘモグロビン (Hb) 濃度変化 (酸素と結びついたヘモグロビンの濃度の変化量: 神経活動の間接的指標) の低下が改善されました (図2B)。運動中のSpO2低下抑制が認知疲労を改善したことから、認知疲労の生理機構として運動中の低酸素血の関与が示唆されました。

参考文献

1. Ochi G, Yamada Y, Hyodo K, Suwabe K, Fukuie T, Byun K, et al. Neural basis for reduced executive performance with hypoxic exercise. Neuroimage [Internet]. 2018;171:75-83.
2. Ochi G, Kanazawa Y, Hyodo K, Suwabe K, Shimizu T, Fukuie T, et al. Hypoxia-induced lowered executive function depends on arterial oxygen desaturation. J Physiol Sci [Internet]. 2018;68(6):847-53.
3. Katayama K, Sato K, Matsuo H, Ishida K, Iwasaki K-I, Miyamura M. Effect of intermittent hypoxia on oxygen uptake during submaximal exercise in endurance athletes. Eur J Appl Physiol [Internet]. 2004;92(1-2):75-83.

用語解説

注1)前頭前野背外側部
大脳の前頭葉の前方に位置する前頭前野の一領域。ブロードマンの46野に相当する。実行機能を担う中心的領域であり、注意・集中や抑制、ワーキングメモリなどに関わる部位である。
注2)実行機能
目標を達成するために思考や行動を制御する高次認知機能で、充実した社会生活を送る上で欠かせない機能。抑制、ワーキングメモリ、シフティングという下位機能から構成される。
注3)中強度運動
最大酸素摂取量の46~64%の強度と定義され、心拍数は若齢者でおよそ115~140拍/分、高齢者でおよそ100~120拍/分程度になる運動。主観的には、ややきついと感じる程度の運動である。
注4)経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)
動脈の赤血球中のヘモグロビン (酸素を全身に運ぶ働きを持つ) が酸素と結合している割合を、皮膚を通じて光で計測した結果を示したもの。平地環境では96~100%を示し、気管支喘息、慢性閉塞性肺疾患、肺気腫などの疾患を持つ人では数値が低下することがある。
注5)ストループ課題
実行機能のうち抑制機能を評価する認知テスト。色と意味が異なる色名単語を見たときに、意味に対する反応が優先的に起こってしまい、色に対する反応が遅れてしまう現象を利用している。現在までにさまざまなバリエーションのストループ課題が作られてきたが、最も一般的なものが、今回の研究でも用いたカラー・ワード・ストループ課題である。
注6)機能的近赤外分光法 (functional near-infrared spectroscopy: fNIRS)
生体組織を透過する近赤外光を用い、血中の酸素化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化を捉え、脳神経活動によって引き起こされる局所的な脳血流の変化をモニターする計測法。

研究資金

本研究は、科学研究費補助金特別研究員奨励費(代表・越智元太、JP15J00782)、科学研究費補助金新学術領域研究(代表・征矢英昭、16H06405)、科学研究費補助金基盤研究A(代表・征矢英昭、18H0408121H04858)、科学研究費基金若手研究(代表・越智元太、JP19K20036)、JST未来社会創造事業(代表・征矢英昭、JPMJMI19D5)の支援を受けて実施されました。

掲載論文

【題 名】Cognitive fatigue due to exercise under normobaric hypoxia is related to hypoxemia during exercise.(常圧低酸素環境での運動による認知疲労は運動時低酸素血に関連する)
【著者名】 Genta Ochi, Ryuta Kuwamizu, Kazuya Suwabe, Takemune Fukuie, Kazuki Hyodo, Hideaki Soya
【掲載誌】 Scientific Reports
【掲載日】 2022年6月28日
【DOI】 DOI : 10.1038/s41598-022-14146-5