ストレスによる過換気が皮膚の温度感覚を鈍らせるメカニズムを解明!


藤本 知臣講師(健康スポーツ学科,スポーツ生理学Lab,運動機能医科学研究所)の研究論文が,国際誌『American Journal of Physiology-Regulatory, Integrative and Comparative Physiology』に採択されました!


研究内容の概要:

私たちヒトは恐怖や痛み,急激な温度変化などにさらされると過呼吸 (過換気) に陥ることがあります(図1).過換気中には皮膚表面の痛み刺激を感じにくくなることから,外的ストレスの軽減が過換気の生理学的意義の一つではないかと考えられています.しかし,過換気が皮膚感覚を弱める生理学的なメカニズムについては明らかになっていませんでした. 本研究チームは,過換気によって変化する体内の二酸化炭素(CO)濃度に着目しました.過換気時には,体内のCOが過剰に排出され,低二酸化炭素血症に陥る場合があるからです.しかし,低二酸化炭素血症が皮膚感覚を弱めるかどうかは明らかではありませんでした.また,皮膚感覚の中でも温度感覚は体温変化から身体を守るための行動性体温調節反応を引き起こす重要な感覚ですが,過換気によって皮膚の温度感覚も弱まるかどうかは明らかではありませんでした.そこで本研究では,過換気が皮膚感覚を弱めるメカニズムを解明するために,低二酸化炭素血症の有無と皮膚温度感覚との関係について検討しました.

図1. 外的ストレスによって生じる過呼吸 (過換気)

恐怖や痛み,急激な温度変化などは過換気を引き起こす.必要量を超える換気が行われることで,体内の二酸化炭素が過剰に排出される.

その結果,皮膚温度感覚は体内のCO濃度(正確には呼気終末二酸化炭素分圧)が低下した場合にのみ鈍くなり,より大きな温度変化が生じなければ温かさや冷たさを感じなくなりました.その一方で,過換気中に体内のCO濃度を維持した場合の皮膚温度感覚は,通常呼吸時と差がみられませんでした(図2).これらの結果から,過換気による皮膚感覚の鈍化には,過換気自体ではなく,過換気による体内のCO濃度の低下が関連していると考えられました.

図2. 各条件における皮膚温度感覚

温かさや冷たさを感じるのに要する温度変化は,過換気によって体内のCO2濃度が低下した場合 (HH条件) において大きくなり,温度感覚が鈍くなった.一方,過換気を行いながらCOを吸入することで体内のCO濃度を維持した場合 (NH条件) には,通常呼吸 (Control条件) と差はみられなかった. *: p<0.05条件

研究者からのコメント:

本研究の結果は,過換気による体内のCO濃度の低下が皮膚感覚の鈍化に関連していることを示唆しています.皮膚温度感覚の鈍化は,行動性の体温調節反応の減弱につながります.夏の暑熱下での生活・運動や冬の水難事故など,大きな体温変化によって起こる過換気は「暑い」や「寒い」といった感覚を鈍らせ,熱中症や低体温症体温発生を助長している可能性があります. 本研究では,CO濃度の低下が皮膚の温度を感じる経路のどの部分 (皮膚からの情報伝達,もしくは脳内での処理など) に影響を及ぼしているかは,明らかになっていません.今後は,過換気による体内のCO濃度の低下と皮膚刺激時の神経活動などを検討していくことで,より詳細なメカニズムの解明につながると考えられます.

原論文情報:

Tomomi Fujimoto, Kohei Dobashi, Naoto Fujii, Ryoko Matsutake, Takeshi Nishiyasu. Hypocapnia attenuates local skin thermal perception to innocuous warm and cool stimuli in normothermic resting humans. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol. 2023 324(1):R120-R127. doi: 10.1152/ajpregu.00126.2022.