9/11 勉強会

【研究報告】

担当:井上 (創) さん

タイトル:幼少期の身体的・精神的ストレスが成人期脳機能に及ぼす影響

  • 目的:近年,身体的・精神的ストレスが痛み知覚を変調させることが報告されている.特に,幼少期の有害体験(虐待やネグレクトなど)は深刻なストレスであり慢性疼痛の発症・増悪に寄与しているとして近年注目を集めている.さらに,幼少期の有害体験は成人期における脳構造を変化させると報告されているが,実際の脳機能に及ぼす影響の詳細は不明である.そこで,脳機能を測定するための指標である興奮・抑制バランス(EIバランス)に着目し,幼少期の有害体験が成人期の安静時脳活動に及ぼす影響を検討することを目的とした.
  • 方法:対象は健常成人80名を予定(現在26名)であり,脳機能の測定には脳磁場計測装置(MEG)を用いた.脳活動は安静開眼時5分間のデータを解析し,EIバランスを測定した.幼少期の有害体験を測定する指標としてChildhood traumatic scale-short form(CTQ-SF)の日本語版を用いた.CTQ-SFは5つの下位尺度(身体的虐待・精神的虐待・性的虐待・身体的ネグレクト・精神的ネグレクト)を持ち,得点に応じて,幼少期の有害体験が「なし」・「低度」・「中等度」・「重度」を測定することが可能である.
  • 結果:幼少期の有害体験として「虐待」体験を持つ被験者はいなかった.しかし,「ネグレクト」体験を有する被験者は数名確認された.「ネグレクト」体験の有無における各脳領域のEIバランスでは,前頭極と左外側眼窩前頭皮質において,ネグレクト体験がない被験者と比較しネグレクト体験があった被験者で有意にEIバランスの傾きが急であることが認められた.
  • 考察:前頭極の機能障害では,新規の環境に曝されることや,環境の変化への適応が困難であることが報告されている.過度なストレスが慢性疼痛の発症・増悪に関与していることから,幼少期の有害体験がある被験者では通常よりも新規環境や環境変化に関するストレスを強く感じている可能性がある.今後は被験者数を増やし,考察を深めていく.

【文献抄読】

担当:菊元先生

タイトル:The development and evaluation of a fully automated markerless motion capture workflow

出典:Needham et al., J Biomech, 2022, 144:111338. DOI: 10.1016/j.jbiomech.2022.111338 IF: 64.8 Q1

  • 背景と目的:本研究は,完全に自動化されたディープラーニングベースのマーカーレス モーションキャプチャーのワークフローを提示し,走行,歩行,カウンタームーブメントジャンプ中のマーカーベースのモーションキャプチャーの収集データと比較し,再現性を評価した.マーカーレスでのデータはマーカーベース(基準データ)と同時に収集することで,手法間の直接比較を行った.
  • 方法と結果:15名の参加者の下肢運動データを,2D,3Dの各データをOpenSimベースの逆運動学による方法を用いて算出した.その結果,下肢の関節角度は高いレベルで一致し,平均差は股関節の回旋で0.1°~ 10.5°,膝関節の屈曲伸展と足関節の回旋で0.7°~3.9°の誤差範囲であった.
  • 結論:2Dと3Dの計測データの差は,一般的にマーカーを用いたモーションキャプチャーの不確かさとして許容範囲内であることから,マーカーレスのアプローチは適切なバイオメカニクスアプリケーションとして使用可能であることが示唆された.OpenSimのような一般的なバイオメカニクスツールとの統合も可能となる.オープンソースのツールを開発することで,マーカーレスモーションキャプチャー技術の一般化を促進することに寄与する.バイオメカニクスの研究者や臨床現場にとって,実験機器に縛られることなく,高品質で学術的に妥当なデータを,大量に取得する機会を提供することも可能となる.
  • 自身の研究との関連:バイオメカニクス領域における研究データの収集の多くは,Lab室内で行われることが大多数である.しかしながら,実際の動作はグラウンドやプール,体育館などLab外で行われていることから,研究の限界として常に研究者を悩ましている.その解決策として最も有用な方法として,マーカーレスでのモーションキャプチャーが考えられる.この手法を駆使し,より詳細な動作データを収集した上で,外傷・障害のメカニズムの解明や予防法の確立に繋げていきたいと考えている.