栃倉郁実さんと佐藤大輔教授らの研究論文が国際誌に掲載

2020年1月24日 09:28 更新

神経生理・運動生理研究チーム

栃倉郁実さん(大学院修士課程 健康スポーツ学分野、SHAINプロジェクトRA)と佐藤大輔教授(健康スポーツ学科、スポーツ神経生理学Lab、運動機能医科学研究所)らの研究論文が国際誌(米国)に掲載されました!


<研究結果>
優れたタイミング調節能力のカギは眼の動きにあった
~野球選手が使っている特異的な眼の動きを発見~


わたしたちの研究グループでは、「球技系アスリート(野球選手)は、複雑な状況下でも正確にタイミング調節をできるのか?また、それはなぜなのか?」を明らかにするため、研究を進めてきました。今回の実験で、球技系アスリート(野球選手)は、「特異的な眼の動き」をすることで、急な速度変化にも対応でき、複雑な状況下でも正確なタイミング調節が可能であることがわかりました。


<研究成果のポイント>
1. 野球選手は、飛んでくるボールの速度を一瞬で理解して打ち返しますが、その理由は今まで分かっていませんでした。
2. 野球選手の優れたタイミング調節能力は、速度変化に対応するために必要な「特異的な眼の動き」によるものであることがわかりました。
3. 野球、テニス、バドミントンなど、高速で動くボールやシャトルを巧みに扱うには、体力や知力だけでなく、眼力(がんりき)のトレーニングも必要であるといえます。


<研究の背景>
野球選手は投手が投げたボールの速度、コース、球種をわずか0.45秒(約140㎞/hに相当)の間に判断し、この非常に短い時間の中でも正確にボールを打ち返すことができます。この優れた「タイミング調節能力」は、これまでの様々なトレーニングの成果だと考えられています。また、その背景には、球技未経験者と比べて、素早く眼が動き出すことが分かっています。特に、ターゲットに対し瞬時に視線を向ける眼球運動(以下、サッケード、図1左)について、ターゲットが移動してから眼が動き出すまでの時間が短いことが知られています。このことで、迅速にボールの特徴を捉えることが可能となり、ターゲットの速度や位置を正確に予測できるため、正確なタイミング調節を行うことができると考えられてきました。
しかし、この結果は、特定の方向・速度で動くターゲットを見た場合の結果であり、様々な方法や速度で動く物体を見て、判断する必要のある競技場面や日常生活場面に当てはまるかどうかについては分かっていませんでした。また、眼球運動にはサッケードの他に、移動するターゲットを滑らかに眼で追っていく眼球運動(以下、パシュート、図1右)があり、この2種類の眼球運動を同時に評価し、タイミング調節と関連させた研究はありませんでした。
そこで、わたしたちの研究グループでは、複数の速度を左右ランダムに出現させる課題を行ったときの、野球選手のタイミング調節能力と眼球運動について調べました。これらの特徴が明らかにできれば、タイミング調節が苦手な人に対するトレーニングや野球選手の競技力向上のきっかけになる可能性があります。


<研究内容と成果>
本研究では、野球選手の「タイミング調節能力」と「眼球運動」を明らかにするために、一致タイミング課題と呼ばれる手法を用いて評価しました。一致タイミング課題とはモニター画面上で移動するターゲットが指定されたポイントへ到達するタイミングを予測し、それに合わせてボタンを押して、ターゲットを止める課題です。ターゲットの停止位置と到達点との距離(以下、誤差)を評価することで、「タイミング調節能力」を評価することができます。今回は、一致タイミング課題をより日常生活、競技場面に近い状況にするため、7種類の速度で移動するターゲットを左右ランダムに出現させるよう設定しました。また、被験者の眼球運動を評価するために課題中の眼を撮影しました(図2)。

その結果、野球選手は複雑な課題であっても、タイミング調節能力が極めて高いことがわかりました(図3)。さらに、野球選手の眼球運動にはいくつかの特徴がありました。まず、野球選手のサッケードは、野球未経験者より早く動き出すとされていましたが、本研究ではほとんど同じ時間に開始していました(図4左)。それに対し、パシュートが始まる時間は、野球選手の方がより早く開始していることがわかりました(図4右)。さらに、最も特徴的なのは、ターゲットが1回移動する間にサッケードが2回起こる、「2段サッケード」と呼ばれる3つ目の眼球運動が出現したことです(図5)。つまり、野球選手は、これらの「特異的な眼の動き」を使うことで、複雑な状況下でも正確なタイミング調節を行うことができる可能性があります。


<今後の展開>
上記のように、野球選手は「特異的な眼の動き」を使うことで複雑な状況下でも、正確なタイミング調節を行うことができます。この結果から、タイミング調節が苦手な人を上手くすることや選手の競技力向上のカギは、この「特異的な眼の動き」にあるのではないかと考えています。本来、野球選手であればバッティングなど実践的なトレーニングの積み重ねによって、優れたタイミング調節能力を得ることができますが、中にはトレーニングを積み重ねてもうまくできない人、タイミング調節が苦手な人もいます。もし、本研究で用いた一致タイミング課題を繰り返し行うことで,実践的なトレーニングでしか得ることのできなかった「特異的な眼の動き」を得ることができれば,効率的に優れたタイミング調節能力を手に入れることができるかもしれません。また、課題を繰り返し行っていく中で「もっと上手くタイミングを合わせられるように」と脳内のターゲット情報を処理する領域やタイミング調節に必要な領域に変化が生じます。脳活動の変化は、より正確なタイミング調節を行う上で非常に重要なポイントです。今後は、どのような脳活動の変化が野球選手の一致タイミング課題、眼球運動に影響を与えるのか、また一致タイミング課題を実際の競技場面で活かすことができるのかを検討していきたいと考えています。


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掲載論文
【題名】Baseball Players' Eye Movements and Higher Coincident-Timing Task Performance.
(野球選手の眼球運動とタイミング調節能力)
【著者名】Ikumi Tochikura, Daisuke Sato, Daiki Imoto, Atsuo Nuruki, Koya Yamashiro, Ren Funada, Atsuo Maruyama
【掲載誌】Perceptual and Motor Skills