2026年7月9日、本学において台湾・中山医学大学(Chung Shan Medical University:CSMU)医学検査生物技術学科 教授、ならびにCSMU視覚保護・バイオテクノロジー研究センター長を務められる David Pei-Cheng Lin 先生(以下David Lin先生) をお迎えし、特別講演「動物モデルを用いた眼疾患の病態解明と視機能保護に関する研究」を開催しました。
本講演は、本学と中山医学大学との国際交流事業の一環として実施されたもので、当日は大山峰生副学長をはじめ、臨床技術学科、視機能科学科、健康栄養学科、理学療法学科の教員・大学院生・学生など約40名が参加し、終始熱気に包まれた講演会となりました。

発生生物学から視覚科学へ
David Lin先生は、中山医学大学医学検査生物技術学科を卒業後、オーストラリア・モナッシュ大学大学院修士課程を経て、英国・エディンバラ大学において発生生物学の研究で博士号を取得されました。
その後は、発生生物学、眼疾患、視覚科学、再生医療を中心に研究を展開し、台湾国家科学技術委員会(NSTC)の大型研究プロジェクト責任者を歴任されています。また、多数の国際学術誌において編集委員や査読者を務めるなど、台湾のみならず国際的にも高い評価を受ける研究者のお一人です。現在は、中山医学大学医学検査生物技術学科の教授として教育・研究に携わるとともに、視覚保護・バイオテクノロジー研究センター長として、眼疾患研究の最前線を牽引されています。
動物モデルを活用した病態解明と治療法開発
ご講演では、「なぜ動物モデルが必要なのか」という基礎的な考え方から始まり、ゼブラフィッシュ、マウスなどを用いた多様な疾患モデルを紹介しながら、視機能障害の病態解明や新規治療法開発に向けた研究成果が分かりやすく紹介されました。特に印象的であったのは、「疾患を理解するためには、まずヒトの病態を忠実に再現できる動物モデルを構築することが重要である」という先生の研究哲学です。単に疾患を観察するだけではなく、病態形成の分子機構を解明し、新しい診断法や治療法へ橋渡しする「Translational Research(橋渡し研究)」という考え方が講演全体を通して貫かれていました。
約60分間のご講演は、多くの実験写真や組織像、最新の研究成果を交えながら進められ、参加者は世界最先端の研究内容に熱心に耳を傾けていました。
Hedgehogシグナルが切り拓いた前立腺癌研究
筆者が最も強い印象を受けたテーマの一つは、David Lin先生らが長年取り組まれてきた前立腺癌モデルの研究です。正常な前立腺において、発生過程で重要な役割を果たす Hedgehogシグナル を人工的に活性化すると、正常組織から前立腺上皮内腫瘍(PIN)を経て前立腺癌が誘導されることを世界に先駆けて報告されました。さらに、その後の研究では,Hedgehogシグナルが前立腺基底細胞(P63陽性細胞)を癌幹細胞へと変化させ、リンパ節や肺などへの転移能を獲得していく過程を明らかにしています。癌は単に異常細胞が増殖する疾患ではなく、「どの細胞が癌の起源となるのか」、「どのような分子シグナルが癌幹細胞を生み出すのか」を明らかにすることは、根本的な治療法開発につながります。本研究は、癌発生のメカニズムを解明しただけではなく、将来的な分子標的治療薬の開発や、新しい抗癌戦略の基盤となる極めて重要な成果であり、現在の癌研究にも大きな影響を与えています。
Tear ferning研究が示す新しい涙液診断
もう一つ、筆者が特に興味深く感じたのが、Tear ferning(涙液結晶形成) に関する研究です。涙液をガラススライド上で乾燥させると、シダ植物の葉のような美しい結晶構造(Ferning)が形成されます。この結晶パターンは涙液中の電解質、タンパク質、ムチンなどのバランスを反映しており、ドライアイなどの眼表面疾患を簡便に評価できる可能性があります。David Lin先生らは、これまで臨床で利用されてきたTear ferning試験をマウスへ応用するため、温度、湿度、浸透圧、pH、洗浄液、滴下量など、多数の条件を詳細に検討し、再現性の高い標準プロトコルを確立しました。一見すると地道な条件検討のようにも思えますが、この研究によって、ドライアイや眼表面疾患の基礎研究と臨床研究が同じ評価系で比較できるようになり、新規治療薬や再生医療技術の開発が大きく前進することになります。
基礎研究を臨床へとつなぐ橋渡し研究の代表例であり、今後の眼科診断学の発展に大きく貢献する成果であることを強く感じました。
学際的な視点から活発な質疑応答
講演終了後には質疑応答が行われました。参加者からは、動物モデルの作製方法、眼疾患モデルの応用可能性、再生医療への展望、さらには研究デザインや臨床応用に関する質問が相次ぎ、予定時間を超えるほど活発な議論が展開されました。臨床技術学科のみならず、視機能科学科、健康栄養学科、理学療法学科といった多様な分野の教員・学生が参加したことで、それぞれの専門的視点から質問や意見交換が行われ、本学らしい学際的な研究交流の場となりました。
講演終了後に記念撮影を行い、終始和やかな雰囲気の中で特別講演は終了しました。


今後の国際共同研究への期待
今回の特別講演を通じて、動物モデルを活用した病態解析から診断法・治療法開発へと展開するDavid Lin先生の研究は、本学が推進する医療・健康・福祉分野の研究とも高い親和性を有していることを改めて実感しました。本学と中山医学大学との交流は、学生交流に加え、大学院生や教員間の学術交流へと着実に発展しています。今後は、本学の研究基盤とDavid Lin先生らの動物モデル研究を融合させ、新たな国際共同研究へと発展していくことが期待されます。
本学では、引き続き中山医学大学との連携を深化させ、国際共同研究の推進、学生・大学院生の相互交流の充実を図るとともに、世界に向けた研究成果の発信を積極的に推進してまいります。
◆報告者
臨床技術学科
准教授・中山憲司